また新たなハラスメントが誕生したようです。
IT知識の高い人が不遜な態度を取ったり、意図的に専門用語で話し続けたりするテクハラ(テクノロジー・ハラスメント)。デジタルネーティブ世代の新入社員でも加害者となるリスクがあります。https://t.co/oETkc5tIap
— 日本経済新聞 電子版 (@nikkei) April 6, 2021
主にパソコンの得意な若い世代が、パソコンが苦手な中堅以降の世代にパソコンの使い方を何度も聞かれたときに、心無い言葉を言ってしまうということが概略のようです。
私は、パソコン操作について、わからないから教えてほしい、それが一回目ならわかるでしょう。それを何度も聞いたとすればやはり聞かれた方はイライラしてくるでしょう。
その気持ちはわかります。そして、わからないものなのだからそれを何度も聞いてもいいじゃないかという気持ちもわかります。
ちょっと、ここはパソコン利用者として社会人を長い間経験した身として、また、人にパソコンを教える仕事をしる立場として、思ったことを書きましょう。
仕事とは
何度も同じことを聞いてくる、わからないからと言って丸投げしてくる、それはテクノロジーを知らないとか、慣れていないからだと、苦手だからとかそういう意識でそうなっている場合と、そうではない場合があると思います。
これは仕事に対する姿勢が大きく関わってくると思います。
言い換えればやる気の問題です。
本質的にITが苦手な人はいます。その人たちはキャラクターが関わってくることもあるので、それを否定するのは人格否定にも繋がるかもしれないということは、みんなが知っておくべきことだと思います。だからといってそれは放置しておくことはできなくて、苦手な人たちを苦手ではなくするために何かを講じていかなければなりません。もしもそれが仕事を遂行する上での問題になっているのであれば、イライラするのではなく、それを解消するような動きを上司、さらに上司への相談という形でしなければなりません。
問題は、やる気がない場合です。仕事が他人事になっていて、その仕事は自分が責任を持たなければならない仕事であるにも関わらず、誰かがやってくれるだろうだとか、やってもらおうだとか、パソコン覚えるのが面倒だとか、パソコン使う仕事なんて自分の仕事じゃないみたいな考えで、できないって言っとけば許されるだろうという考え方の場合、その考え方は透けて見えてしまうものです。雰囲気や醸し出される雰囲気でバレバレの場合も多いです。それでやっておいてって言われたらそれは頭に来ますよね。
それが許されるのはその会社や仕事に実は余裕があるからだと私は思っていて、来年にはうちの会社もうないからと言って引き締めをするのですが、実際には引き締まってなんかいなくてパソコンやら社有車やらをどんどん購入してもまだまだ潰れない会社も多くあります。それが繰り返すとオオカミ少年の例のように、だんだん危機感を持たなくなり、そしていろいろなことが許されると思ってしまうのです。
仕事ってそういうことじゃなくて、大きい視野で将来を見据えて成長するという目標と目の前のタスクをクリアしていくことだけに集中するというのがやるべきことでそれをクリアするには、そのための道具を全員が使えるようにしておかなければならないし、そうなっていなくてイライラしているのではなく、そういう形になるように持っていくのが仕事なのではないでしょうか。
デジタル機器は本当に難しいのか
私自身では、自分として本当に元からパソコンが得意な特性を持つ人間なのかはよくわかりません。ただ、長いこと使っている間に、始めて使うものでもこうやったらできるだとかが直感的にわかるようになっている、それだけの話なのではないかなと自分は思っています。物覚えは悪いのでおそらく本質としては、パソコンは苦手なのだと思います。
でも、私の中では、パソコンにおいては苦手というのと使えないというのは明らかに違っていて、苦手でも使えるようになっているのがパソコンだと思います。だから、パソコンが苦手な人はいてもパソコンが使えない人はいないと思っています。
でも、苦手=使えないになっているのは、思い込みというなかなかやっかいなものが隠れているような気がしてなりません。
ちょっと話は逸れるのですが、マンガの吹き出しって、丸くなっていて話している人から三角形で出ているものが実際に発言したもの、雲のようにいくつかの丸が話している人から出ているものは、発言したものではなく思っていること、というようになぜか自然とわかりますよね。これと同じようにどこをどうすればいいのかわかりやすくなっているのがパソコンなのです。
もう一つ、車の運転免許を取得するのに自動車教習所に通います。はじめて車を乗る時、エンジンをかけた後、教えられているとはいえ、車体を動かし始め、なぜかカーブではうまい具合にハンドルが切れるのです。角度何度くらいにハンドル回してとか言われなくても。このように車はなんとなく感覚で操れるようになっているのですが、パソコンもそういった道具の一つなのです。
たとえ話が苦手なのでこのような例しか思いつきませんが、パソコンは一つの道具であり、道具というのはなんとなくの感覚で使えるようになっているのです。そう考えればデジタル機器が難しいものなのかというとそうではないような気がしてきます。
パソコンが苦手な人が目の前に現れたら
パソコンが苦手だからなんとかしてよと繰り返し言われたら、どうしますか。
その人のことを尊敬していたりその人にお世話になっていたりする場合と、そうではない場合でもしかしたら対処が変わってしまうかもしれませんね。それは仕方ないことだと思います。
でも、その苦手な人がいつまでも苦手だと、その人にとっても、相談された方にとっても、会社にとっても、よくないことです。最終的にはお客さんにしわ寄せがいくことになるので、それはやはり避けなければなりません。
例えばきちんと時間をとって、効率よく苦手と思っている人を集めて苦手が克服できるように講習会を開催してみるだとか、そういう積極的な対応をあらかじめ打っておくことでイライラすることが起きないようにするというのが健康的なのではないでしょうか。
私の一方的な都合で言えば、本当はコンサルの上、専門家に講習会を依頼するのが良いと思います。そうすれば教えるノウハウを持った教え方で覚えることができますし、なによりそれだけの予算と時間を使っているのだからという覚える側にも責任を持たせることができます。
まとめ
パソコンが苦手だからといって、人格否定をすることは絶対にあってはいけないです。人格否定になるのかの境目が自分の中にはっきりわかっていないのであれば、否定そのものをするべきではありません。本人の前でもですが陰口でもアウトです。
もしもパソコンができないとレッテルを張られてしまうような事態になってしまったときは、だんだん自信もなくなってきますので、自信を失う前にぜひビジネスパーソン向けのパソコンスクールに相談してみる、私に相談してください。本当に苦手なのかただきっかけが必要なのかをまずは見てみましょう。
とにかく甘さを持って仕事をした裏返しでパソコン苦手と言うことに逃げていることはあってはならないし、パソコン苦手だからあの人は仕事できないというレッテルを張るのもどっちもいけないことだというのは、しっかりと言っておきます。
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